第71回 『COSMIC EXPLORER』
前置きは不要ですね。『COSMIC EXPLORER』は、Perfumeと中田ヤスタカの新たな挑戦と工夫、独創性と意外性が存分に発揮された、2016年を代表するアルバムです。
どんなアイドルグループもDJ/トラックメイカーも、いまだかつてこのような作品は作っていないでしょう。その理由のひとつに、中田ヤスタカが特に『JPN』以降注力している、アルバムを1枚通して(つまりじっくり時間をかけて)聴くことに意味を持たせるサウンド・デザインが、『COSMIC EXPLORER』においては徹底的に突き詰められていることが挙げられます。
いきなりですが、あなたは普段音楽を、いつ・どこで・どうやって聴いていますか?
おそらくは移動中などの隙間時間に、iTunesのようなアプリに曲をインポートしたり、YouTubeや音楽配信サービスで好きな曲を選んだりして、スマートフォンのようなデジタル・デバイスで聴いている方が多いでしょう。
えっ? CDを買って、家でじっくり聴いているって? うん、僕もそうですけど、それかなりのマイノリティーですよ!
でもそんなご時世だからこそ、ヤスタカは〈時間の芸術〉である音楽を、時間を掛けてじっくり聴く楽しさを提案しています。いまの時代ならではの批評性ですね。
◇2016 : A SPACE ODYSSEY(2016年宇宙の旅)
アルバムの序盤は、聴き手を作品の世界に導入する序曲「Navigate」から5曲目の「STORY」まで、初めて音源化される曲で固めてきました。
壮大なスケール感とマニアックに入り組んだアレンジを両立させたエレクトロ「COSMIC EXPLORER」、HardwellやCalvin Harris、Aviciiあたりが速攻で思い浮かぶプログレッシヴ・ハウス「Miracle Worker」、ディスコ・ブギーなイントロのエレクトロ・ハウス「Next Stage with YOU」、ヘヴィーでブリーピーなエレクトロ組曲「STORY」と畳み掛けます。
ここには現行ダンス・ミュージックのトレンドもあれば、他に誰もやっていなさそうな路線もある。重要なのは、ヤスタカとPerfumeというフィルターを通して、よくある〈流行ってるらしいから(or 誰もやってないから)やってみました〉的な出オチに陥らない、独自性と高い完成度を……といっても、そこはいつも大抵クリアしていますね。それも実に凄いことですが。
◇Next Stage
アルバムの序盤は『LEVEL3』以降の、それこそPerfumeの〈Next Stage〉を提示する役割も果たしています。中盤以降はほとんど既発曲ですが、ヤスタカは単なるシングル曲の寄せ集めに陥らないよう、シングル曲をアルバムの一部として新たに機能させるための〈Album-mix〉を、多く混ぜる戦略を取りました。
「FLASH(Album-mix)」では、初出ヴァージョンでのよくあるビッグルーム・ハウスに和風のメロディーを載せたという印象が一転。プログレッシヴ・ハウスからユーロ・ダンス、テクノ・ポップにテック・ハウスなどを行き来し、ビートを抜き差ししながら次々とサウンドを変貌させていきます(最初のサビがまさかのビートレスで、これが物凄く利いています! あえて音を抑えることも、一種の演奏なんです)。
へー、こう展開するんだ!じゃあ次はどうなるんだろう?……うわ!こう来るか!!というワクワクがずっと続く、これこそ〈時間の芸術〉たる音楽の醍醐味です。
不遇の名曲「Sweet Refrain」のAlbum-mixでは、ブロステップ色が後退し、エレクトロ・ハウス寄りに。原曲はポップな甘いメロディーとゴリゴリのウォブル・ベース(強烈に歪んだ、不規則なリズムのシンセ・ベース)のマリアージュがちょっと歪ながら、それゆえクセになる魅力があった(そして他に誰もやってなかった)ので、そのまま入れても面白かったかもしれませんが、ヤスタカのバランス感覚による変更なのでしょう。ちなみに2番でヤスタカがノリノリで弾いているギターは……まあご愛敬ということで。
アルバム中では最後となる新曲「Baby Face」は、一転して音数をそぎ落としたアレンジで、3人の歌と〈Wow...〉というコーラスを立てています。こういう曲をここに挟んでくる緩急の付け方も流石です。お姉さん目線の詞もいままでなかったタイプですね。間奏のシンセが、Yellow Magic Orchestraの「1000 Knives」ほとんどそのままなのは……まあご愛敬ということで。なおこちらのBabyfaceも最高なのですが、たぶん一切関係ないですね。
◇銀河を超えて 星屑たちの川上り
王道のPerfume節と言えるエレクトロ・ハウス「TOKIMEKI LIGHTS(Album-mix)」を挟んで、ついに出ました! YouTubeで16億回再生された、世界的超絶ヒット・ナンバー!! 急逝した俳優のポール・ウォーカーに捧げ……
えっ? この曲、Wiz Khalifaの「See You Again」のリメイクでしょ? ピアノのリフもコード進行も〈Wow...〉のコーラスも、激似ですよ?
お時間のある方は、下の曲に合わせて「STAR TRAIN」を歌ってみて下さい。〈手探りで夢を見る/何もない ただ信じて/空までが遠いほど/片道切符を求めて〉。
……という意地悪はさておき、でもこれは決してパクリじゃないですよ。パクるなら普通、もっとバレないようにやります。ですのでこれは「See You Again」に対する、日本からのアンサー・ソングなのだと思います。なぜよりによってヤスタカがアンサーしたのかはよくわかりませんが。
◇輝く星空のような
続いて「Relax In The City」「Pick Me Up」が、それぞれシングル盤と変わらないヴァージョンで登場。
「Relax In The City」はPerfume史において、傑出した完成度を誇る楽曲でしょう(宇多丸さんも「マブ論」で、「2015年の彼女たちのリリースではこれがベスト!」と太鼓判)。私見ですが、この曲はシングルの時点で、これ以上変えようがないくらい完成していたと推察しています。
Perfume初の歌い上げ系ビッグルーム・ハウス「Pick Me Up」もシングル版のままですが、アルバムを通して聴くと、いかにもEDMです!なビルドアップ(この曲の10秒~15秒みたいな、強引にアゲていくブレイク部分)を含むのはこの曲だけですね。これこそAlbum-mixで聴いてみたかったけれど、手を入れなかったのには、何か意図があるのでしょうか……
「Cling Cling(Album-mix)」。
変わりすぎだろ、シングルと……!! 原曲のエキゾ感をそぎ落とし、テクノやブロステップ、ハウス、エレクトロなどを盛り込んだ、ダンス・ミュージック幕の内なアレンジ。「FLASH(Album-mix)」ともやや被るので、思いっきりミニマルとかにしてもおもしろかったような。ハウスやテクノの前時代の、シンセサイザー・ミュージックを思わせる音色も気になりました。メロディーに対するコードの当て方も相当ひねっていて、CAPSULE「Transparent」を彷彿とさせます。この曲はアルバム中で唯一、初期のようなチューン・ヴォイスを使っていますね(※他にもあったらすみません)。
◇Hey Baby(I wanna hold your hand)
アルバムの最後を飾るのは「Hold Your Hand」。
「Relax In The City」と双璧を成す、傑出した楽曲だと思います。そして〈宇宙探索〉という壮大なテーマで始まるアルバムが、〈キミと手を繋ぎたいんだ〉という、恐ろしくスケールの小さい、プライヴェートなコミュニケーションの歌で終わること。この流れはいろいろな解釈できますね。
僕がいちばん感じたのは、〈宇宙探索〉と〈キミと手を繋ぎたい〉を並列に、しかも短い時間で豊かに表現できるのって、やっぱり音楽ならではだよなーと。音楽を聴くのって、やっぱり音楽でしか味わえない体験だし、何よりめちゃくちゃおもしろいな!ってことでした。
そう思わせてくれる音楽は少ないです(Perfumeファンだからそう思うのかもしれないけれど)。そして今回も、期待を上回る素晴らしい作品が届いたことを、心から嬉しく思っています。
そして最後になってしまいましたが、3人のヴォーカルはその肉体性や存在感を、より豊かに感じられました。歌声のアンサンブルとハーモニーが醸す美しさこそ、やっぱりPerfume最大の魅力かもしれませんね。
ちなみに「Hold Your Hand」で締める意味は、〈人間の心は宇宙よりも……〉とかの解釈もできそうですけど、まあそれは誰かに任せますんでよろしく!